東京地方裁判所 昭和40年(ワ)5886号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔事実〕
第一 申立
一 原告
1 被告は、別紙目録記載の方法を使用して鎖を製造しまたは同方法を使用して製造した鎖を販売し、拡布してはならない。
2 被告は原告に対し金六〇万円およびこれに対する昭和三九年七月一日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
3 訴訟費用は被告の負担とする。との判決および第二項につき仮執行の宣言を求める
二 被告
主文と同旨の判決を求める。
第二 請求の原因
一 原告は、次の特許権(以下「本件特許権」という。)を有する。
名 称 鎖の鑞付方法
出 願 昭和三五年二月四日
公 告 昭和三六年一〇月三一日
登 録 昭和三七年三月一五日
登録番号 第二九五、七三〇号
二 本件特許出願の願書に添附された明細書に記載された特許請求の範囲は、「鎖の表面に内側から順次油、鑞及びタルク層を順次形成し、これを連続的に移動しながら加熱し、加熱直後鎖を構成する各環状片を相互に変位することを特徴とする鎖の鑞付方法。」である。
三 本件特許発明は、次の工程を要件として構成される鎖の鑞付方法である。
(イ) 鎖の表面に内側から順次油、鑞およびタルク層を順次形成すること
(ロ) この鎖を連続的に移動しながら加熱すること
(ハ) 加熱直後鎖を構成する各環状片を相互に変位すること
四 従来鎖を鑞付するには、各環状片の接合部にのみ鑞を詰めて加熱鑞付する方法がとられていた。ところが、鑞は加熱されると体積が減少するので、各環状片の接合部にのみ鑞を詰める従来の鑞付方法では、鑞の量が十分でなく完全な鑞付をすることができないという欠点があつた。これに対し、本件特許究明の方法では、鎖の表面に油を塗布してからその上に鑞粉末をつけるので、鎖の表面に鑞付に十分なだけの鑞がつき、これが加熱により各環状片の接合部に集合して鑞付を完全にする。また、鎖の表面に塗布した鑞の上にタルクの層を形成させて加熱するので、相隣接する環状片は、タルク層を介して接触し、各環状片が互に鑞付されるような弊害を未然に防止する。その上、加熱直後各環状片を相互に変位するので、これによりこの弊害は完全に回避される。これが本件特許発明の作用効果である。
五 被告は、別紙目録記載の鎖の鑞付方法(以下「被告方法」という。)を使用して鎖を製造し、これを販売、拡布している。
被告方法は、次の工程から成つている。
(1) 鎖をベンジン約九〇パーセント、マシン油約一〇パーセントの混合液中に、鑞粉末を混入した液の中に浸すこと
(2) この鎖を前記混入液中よりとり出し、表面のベンジンが蒸発する程度に乾かした鑞粉末の中で鑞をこすりつけること
(3) この鎖に付着したベンジンが蒸発した後、鎖の表面をこすること
(4) この鎖をタルクを容れた容器の中に入れてかきまぜ、鎖の表面にタルクを付着させること
(5) この鎖を連続的に移動しながらガスバーナーで加熱すること
六 そこで、本件特許発明の構成要件をなす工程と被告方法の工程とを比較する。
(一) 本件特許発明の(イ)の工程に対応するのは、被告方法の(1)、(2)、(4)の工程であり、後者の工程は、前者の工程と同じである。なお、被告方法には、その中間に(3)の工程があるが、これは余分な鑞を落すだけのことで、この工程によつても鑞粉末は依然として鎖の表面に層をなして付着していることにかわりはない。従つて、被告方法の(3)の工程は単なる附加工程にすぎない。
(二) 本件特許発明の(ロ)の工程に対応するのは、被告方法の(5)の工程であり、後者の工程は、前者の工程と同一である。
(三) 被告方法中には、本件特許発明の(ハ)の工程に直接対応する独立の工程がない。しかし、本件特許発明の(ハ)の工程は、相隣接する環状片同志が誤つて鑞付される場合にのみ行ういわば補助的工程であつて、いかなる場合でも一個の独立した工程として存在しなければならないものではない。のみならず、被告が現に鑞付をしている鎖のように、これを構成する環状片の針金の直径が二ミリメートル以下のものにあつては、各環状片は、ガスバーナーによる加熱後も引続き行われる。鎖の連続移動だけで微動し、相互に変位する。そこで、被告方法にはあらためて変位のための工程を別個に設ける必要がなかつたのである。そうすると、被告方法中には本件特許発明の(ハ)の工程と同一の工程がないとはいえない。
以上の次第で、被告方法は、本件特許発明の構成要件をすべて具備し、ひいては、その作用効果をも兼ね備えているものであるから、本件特許発明の技術的範囲に属する。<中略>
第三 答弁
一 請求原因第一、二、三項の事実は認める。
同第四項の事実中、従来の鎖の鑞付方法が原告主張の方法に限られ、それが原告主張のような欠点を持つていたことおよび本件特許発明の方法を使用した場合、鎖の表面に付着した鑞が加熱により各環状片の接合部に集合して鑞付を完全にするとの点を否認し、その余は認める。
同第五項の事実は認める。
同第六、七項の事実を否認する。
二 被告方法の工程は、本件特許発明の工程と同じではない。
(一) 本件特許発明においては、鎖の表面に鑞の層を均一に形成する工程を経ることを要件としている。これに対し被告方法においては、鎖の表面に付着させた油の約九〇パーセントを占めるベンジンが蒸発する程度に乾き、その上に鑞をこすりつけても剥離し易いようにしておいて鎖の表面に鑞をこすりつけ、ベンジンが完全に蒸発してから鎖の表面をこするのである。従つて、被告方法においては、これにより鎖の表面に一旦こすりつけられた鑞が殆んど跡形もないように剥離してしまい、鎖の表面に鑞の層を均一に形成することがない。
(二) 本件特許発明においては、鎖の加熱直後鎖を構成する各環状片を相互に変位する工程を経ることを要件としている。本件特許発明においては、鎖の表面に鑞の層を均一に形成して加熱するので、勢い相隣接する環状片同志が鑞付され、鎖がさながら一本の棒状を呈するに至る。そこで、本件特許発明の(ハ)の工程は、この修正手段としてなくてはならない独立の工程であり、原告主張のような単なる補助的工程に止まるものではないい。被告方法にこのような工程が存在しないことは明らかである。
以上の次第で、被告方法は、本件特許発明の要件を具備していないから、その技術的範囲に属しない。<中略>
〔判決理由〕一 請求原因第一、二、三項および第五項の事実はいずれも当事者間に争いがない。
二 そして、当事者間に争いのない前記の事実と、<証拠>(本件特許公報)によれば、本件特許発明の目的とする作用効果は原告主張のとおりであることが認められる。もつとも、原告の主張する従来の鎖鑞付方法に原告主張のような欠点があつたという点は、これを肯定するに足りる証拠が見当らないのみならず、鑑定人Kの鑑定の結果(第一、二回)によれば、むしろ、このような欠点がないものと認められる。
三 そこで、被告方法が本件特許発明の構成要件をなす工程を備えているかどうかについて検討する。
(一) 本件特許発明の(イ)の工程に対応するのは、被告方法の(1)ないし(4)の一連の工程である。検証の結果によれば、被告方法の(1)の工程により鎖の表面のもつとも内側に油の層を、被告方法の(4)の工程により鎖の表面のもつとも外側にタルクの層をそれぞれ形成することが明らかである。ところで検証の結果によれば、被告方法の(2)の工程により(1)の工程によつて形成された油の層のすぐ外側に鑞粉が付着することが認められるが、鑞の層が形成されているかどうかは必ずしも明らかではない。のみならず、これに続く被告方法のの工程によれば、(2)の工程により鎖の表面に一旦付着させられた鑞も殆んど剥離し、鎖の表面上にはわずかな鑞が点在するのみで、層を形成する程度の鑞がなお残存していることを確認できない状態になつてしまうことが、被告が検証前鑞付した鎖であることにつき争いのない検乙第一号証、被告が検証の際鑞付した鎖であることにつき争いのない同第二号証、鑑定人の鑑定Kの結果(第一、二回)、検証の結果から認められる。そうすると、被告方法の(1)ないし(4)の一連の工程は、(3)の工程が介在する故に本件特許発明の(イ)の工程を完全に備えていないといわなければならない。
(二) 本件特許発明の工程に対応するのは、被告方法の(5)の工程であり、両工程が同一であることは、あらためて説明するまでもあるまい。
(三) 被告方法中には、本件特許発明の(ハ)の工程に直接対応する独立の工程が存在しない。この点につき、原告は、この(ハ)の工程は、相隣接する環状片同志が誤つて鑞付される場合にのみ行われる補助的工程であつて、常に一個の独立した工程として存在しなければならないものではないのみならず、被告が行つているような針金の直径が二ミリメートル以下の環状片からなる鎖の鑞付にあつては、鑞付作業の一環として行われている鎖の連続移動によつて相隣接する環状片が相互に変位するので、あらためて相互に変位するという独立の工程が設けられていないだけのことであり、被告方法中に本件特許発明の(ハ)の工程がないとはいえないと主張する。
しかしながら、鎖の鑞付にあたり鑞の上にタルクの層を形成する工程は、環状片の接合部に主として鑞を詰めるようにして行われていた従来の鎖鑞付方法においてもひとしく採用されていた工程であることが本件口頭弁論の全趣旨から明らかである。そうすると、従来の方法と異なり、環状片の表面全体に、しかも層を形成するまでに鑞を付着させて行う本件特許発明の鑞付方法においては、たとえ鑞の層の上にタルクの層を形成しても、鑞の量がより多く、しかもその付着範囲もより広いだけに、従来の鑞付方法に比して相隣接する環状片同志が誤つて鑞付される危険が大きいことは当然である。こうしたところから、この欠陥を是正するため、環状片同志を相互に変位する工程を付加せざるを得なくなつたことが前記<証拠>から窺われる。そうすると、本件特許発明の(ハ)の工程は、原告主張のように単なる補助的工程に止まらず、是非とも存在しなければならない一工程であるといわなければならない。被告方法においては、原告主張のように、(5)の工程後も鎖が連続的に移動し、これに伴い鎖が自然に微動することがあるかもしれないが、それは、自動的かつ連続的に鎖を鑞付する方法の必然の結果であり、被告方法のみならず、本件特許発明にも共通するものである。したがつて、これをもつて被告方法における相互変位の工程とみるわけにはいかない。それ故、被告方法中には、本件特許発明の(ハ)の工程に対応する工程がないわけである。
以上のとおり、被告方法は、これら二点において本件特許発明の構成要件を具備していないから、その技術的範囲には属しない。(古関敏正 吉井参也 小酒 礼)
目 録
次の方法を用いた鎖の鑞付方法
(1) 鎖をベンジン約九〇パーセント、マシン油約一〇パーセントの混合液中に鑞粉末を混入した液の中に浸すこと
(2) この鎖を前記混入液中よりとり出し、表面のベンジンが蒸発する程度に乾かした後、鑞粉末の中で鑞をこすりつけること
(3) この鎖に付着したベンジンが蒸発した後、鎖の表面をこすること
この鎖をタルクを容れた容器の中に入れてかきまぜ、鎖の表面にタルクを付着させること
(5) この鎖を連続的に移動しながらガスバーナーで加熱すること
以上